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AIは仕事を奪わない。「育成の場」を奪う─ベテランと若手が同時に沈む組織の未来 〜エントリーレベルが消えた組織で、誰が成長するのか?〜


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1.AIの導入が「若手の育成」を止めている

「AI導入で新人教育の必要が減った」─こうした言葉を最近、経営者の口からよく聞くようになりました。業務の効率化、人的コストの削減、そして業務ミスの低減。どれも正当な理由に思えます。特に人手不足が深刻化する中で、AIの導入は一種の救世主のように語られがちです。しかしその裏で、「新人が育たない組織」が静かに増えているのです。

 

 

例えば、入社1年目の若手社員が行う「議事録作成」。この作業は、単に言葉を記録する行為にとどまらず、会議の流れを理解し、参加者の意図や発言の背景を読み解く力を養う重要な訓練でした。これをAIが代行するようになれば、表面的には効率化が実現します。しかし、新人はそこで何を失っているのでしょうか?会議全体の流れ、発言の要点、上司の考え方、対立点のバランス─そうした「場に触れる経験」が奪われるのです。

 

 

さらに、電話応対、来客対応、資料印刷、データ入力といった、いわゆる「雑務」と呼ばれる初期業務もAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)によって置き換えられつつあります。これらの業務は、たしかに生産性の観点からは非効率に見えるかもしれません。しかし、実際には、組織の流れを肌で感じ、異なる部署との関係性を知り、自分の仕事が全体のどこに位置しているかを理解する「組織感覚」を養う場でもありました。

 

 

新卒が「戦力化」するには、一定の観察・模倣・失敗の機会が必要です。人の会話を聞きながら、資料の作り方を真似しながら、小さな失敗から学びながら育っていく。そのサイクルが、AIによる代替によって根こそぎ奪われてしまっているのです。

 

 

 

結果として「若手が育たない」「指示待ちの人ばかりになる」といった嘆きが経営層から出ることになります。けれども育たないのではありません。「育てる土壌」がすでに存在していないのです。これは個人の資質の問題ではなく、組織設計と成長機会設計の問題なのです。

 

2.「キャリアの階段」が消えた社会の構造変化

かつては、多くの企業で「キャリアの階段」が存在していました。初期業務からスタートし、徐々に難易度や責任が高い業務に移行していく。いわば、実務経験の蓄積と能力の拡張が段階的に織り込まれていたのです。新人がまずは基礎的な業務を経験し、そこから徐々に「上の階」へと昇っていく─このような「キャリアの積層構造」が自然と育成を促していました。

 

しかしAIの登場により、「最も負荷の軽い入口業務」が次々に自動化されていきました。書類整理、数値チェック、営業資料の作成、問い合わせ対応。これらは新入社員が全体の流れを学ぶ上で重要なステップでした。実際には、一見単調に見える仕事の中に、業務プロセスの理解、言葉遣い、情報整理能力、そして何より「段取り力」など、将来に繋がるスキルの萌芽が存在していました。

 

AIによってこれらが奪われた結果、若手は「階段の最初の一段」に乗ることすら難しくなりました。つまり、キャリアの初期において「地面がない」状態に立たされているのです。上のレベルの業務を任せるには経験が足りず、しかし下の仕事はAIが担っている。間にあったはずの「育成の時間」と「場」が消えてしまっているのです。

 

この空白は、数年後に深刻な形で現れます。社内に「中堅層がいない」という問題です。今を合理化するあまり、将来の屋台骨を育てることを怠れば、組織の持続性は保てません。さらに悪循環として、教育できる中堅層がいないために、次世代もまた育たないという「育成の断絶」が生じます。これが組織の緩慢な衰退を引き起こす原因のひとつとなるのです。

 

 

 

 

では、この空白をどう埋め直すのか?その問いを我々経営者は、いま本気で考え直す必要があります。

3.ベテランも安全圏ではない─AIが置き換える応用業務

かつて、「経験」と「勘」によってのみ成し得たとされる高度な業務が、AIによって一部代替される時代に突入しました。これは単なる技術革新の話ではなく、ベテランのプロフェッショナルの立ち位置そのものを揺るがす構造的変化を意味します。

 

税理士の顧問先分析や法務の契約審査、戦略コンサルティングにおける環境分析─これらはいずれも、「経験の蓄積」と「過去事例の暗黙知」を前提とした業務でした。しかしAIは、膨大なデータベースと自然言語処理、統計的予測能力を活用し、これらの業務を過去のパターンとして再現・提案できるようになってきています。

 

例えば、税務判断において過去の判例や法改正を瞬時に踏まえた助言ができるAI、契約書のリスク条項を検出し、修正案を提示するAIリーガルテック、さらには経営者が抱える抽象的課題に対しても、ChatGPTのような大規模言語モデルが「筋の良い切り口」を即時に提示する時代です。

 

これは脅威であると同時に、大きな転機でもあります。AIによって代替されるのは、「すでに答えがある問い」に対する処理です。逆に言えば、ベテランが担うべき価値は、「問いそのものを設計する力」「答えのない状況で最も妥当な仮説を立てる力」へとシフトしているのです。

 

そのような視点に立てば、ベテランの役割は「判断する人」から「導く人」へ、「実行する人」から「育てる人」や「問いを立てる人」へと変容していく必要があります。従来のように、業務を一人で抱え込み、属人的に処理するスタイルは、AIと競合しやすく、むしろリスクです。これからは、自らのナレッジを言語化し、組織全体で活用可能にする「知識の翻訳者」としての役割が重要です。

 

加えて、ベテラン層にも学び直しが求められます。AIと協働するためのリテラシー、データ活用に関する基礎知識、そして後進育成におけるコミュニケーション力─これらはかつての成功体験だけでは補えない、新しい能力です。

 

 

AIの進化は、ベテランにとって「追いやられる未来」ではなく、「再定義の機会」でもあるのです。経験の価値は、伝えられてこそ意味を持ちます。自らの知見を次世代にどう繋ぐのか?その問いに真剣に向き合うことが、ベテランの存在価値を未来に残す鍵となるでしょう。

4.代替ではなく、共進化(コ・エボリューション)の視点を

AIと人間の担い手は対立するものではありません。むしろ、AIを活かして「人間が育つ構造」を再設計すべき時代に来ています。

 

AIの導入が進むとき、私たちはつい「どの業務がAIに奪われるか?」という問いに偏りがちです。しかし、もっと本質的な問いは、「AIによって“人間にしかできないこと”の価値がどう再定義されるか」という視点です。

たとえば、AIが業務の進行管理や品質チェックを担当すれば、人は「どう判断し、どう調整するか」に集中できます。AIが提供するデータをもとに、どの情報が重要かを取捨選択し、意思決定に活かす。AIがレポートを出力したその先に、「何を問うか」「何を決めるか」は、依然として人間の役割です。

 

また、若手社員にとっても、AIを活用する経験は、新しい実務の登竜門になりえます。過去には先輩の背中を見て学ぶことが成長の基本でしたが、今後は「AIをどう使いこなしたか」「AIとどのように協働したか」という共働経験が成長に直結するのです。

 

一方、ベテラン層には、AIの役割と人間の役割を適切に「編集」する力が求められます。人にしかできない問いの設計、関係性の構築、文脈の読み取り─これらを見極め、AIの力と人材の力を統合的に活かす「設計者」としての力量が問われます。

 

このような組織設計には、「タスクの効率化」だけでなく、「学習のデザイン」という視点が必要不可欠です。つまり、AIによって業務が効率化されたその空いた時間を、教育や創造に投資できるかどうか。それこそが、組織の競争優位性を決定づける分岐点になります。

 

AIと人間の力の共進化(コ・エボリューション)とは、単に分担するのではなく、互いの役割を補い合い、相互に学び合いながら進化する関係です。企業は、この進化を促すために、教育制度・業務設計・マネジメントのあり方を根本から見直す必要があります。

 

 

共進化の鍵は、「AIができること」と「人がやるべきこと」を明確に切り分け、そのうえで両者の間に「学びの橋」をかけることにあります。その橋を設計できるかどうかが、これからの経営の本質といえるでしょう。

5.では今、企業がやるべきは何か?─人的資本への戦略的再投資

AI時代において組織が生き残る鍵は、「人を育て続けられる構造をいかに持続させるか」にあります。人材育成をコストではなく投資と捉える企業だけが、長期的な競争優位を築ける時代に突入しました。

 

では、具体的に何から着手すべきか?本章では、3つの軸─組織設計・評価制度・人材観の転換──から、実践的アプローチを提案します。

 

▶ 組織設計

まず必要なのは、組織内に「育つ仕事」「失敗できる余白」を再構築することです。新入社員が最初に担当する業務に、AIにはできない「経験の価値」を意図的に含ませることが求められます。具体的には、会議の設営や調整、顧客とのメール対応、営業資料の組み立てなどを、マニュアル化しすぎず、個別判断が問われる形式で任せることです。

 

また、現場での同行体験やOJTも、単なる現場見学ではなく、「なぜ今その行動をしたのか?」を上司が解説・内省させることで、学習効果が飛躍的に高まります。さらに、AIが処理する業務を監督させるポジションを作ることで、若手がAIの特性を理解し、業務全体の視座を獲得する機会にもなります。

 

▶ 評価制度

従来の「成果重視・定量評価」のみに頼る人事制度では、成長プロセスの見えにくい若手や、ナレッジ共有に尽力するベテランの価値が見過ごされがちです。これを補うには、「学習の深さ」「問いの質」「組織貢献度」といった要素を評価指標に組み込む必要があります。

 

たとえば、新入社員には「1年間で何を学び、何を他者に伝えられるようになったか」を評価する「成長報告制度」。ベテラン社員には“自分の知識を何人に伝え、どの業務の標準化に貢献したか”という「知識継承KPI」などが考えられます。

 

また、マネジメント層には、チーム内のAI活用・教育成果をチーム全体の成果に含めて評価することで、“育成する上司”を正当に評価できる制度設計が必要です。

 

▶ 人材観の転換

最後に、もっとも根源的な変革は人材観そのものです。人を「使う」対象ではなく、「共に育つ存在」として捉え直す必要があります。

 

特にベテラン層には、「育てる責任」と同時に「学び直す権利」を保障することが重要です。AIリテラシー研修や他業種との越境学習、あるいは若手とのペアワークを通じて「逆学習」を推奨するなど、年齢や役職を超えた学びの場が企業文化として定着することが不可欠です。

 

若手には、「自分が学んだことを他者に伝える力」を育むための、プレゼン、ファシリテーション、簡易マニュアル作成といったアウトプット型学習を組み込みましょう。こうした仕組みが「教えることで自らも深く学ぶ」双方向性の文化を促進します。

 

 

このような立体的な人的資本への再投資が、「AIを導入する会社」から「AI時代でも育ち続ける会社」への転換点になるのです。

6.未来を担うのは、「AIを使える若手」と「問いを立てるベテラン」

今後、AIと共に歩む時代において、企業が持続的に成長していくためには、「AIを操る若手」と「AIでは立ち上がらない問いを設計するベテラン」の両輪が必要不可欠です。

 

若手に必要なのは、単なるツールとしてAIを使いこなすスキルだけではありません。AIが出力した情報をどう読み解き、どう意思決定に結びつけるか。言い換えれば、「情報を鵜呑みにせず、問い直す力」が問われます。これは、現代の“読解力”であり、「AIを使う力」の本質です。逆に、AIからの情報をそのまま受け入れてしまう人材は、AIに最も早く代替される存在になってしまうのです。

 

一方、ベテランは「問いを立てる力」を再定義する必要があります。組織内に散在する曖昧な課題を見つけ出し、それを構造化し、次世代が取り組める形に翻訳する。この能力は、AIには模倣できない「意味づけの力」であり、知の編集者としての役割です。

 

 

また、ベテランは単に過去の成功体験を語る存在ではなく、自らも学び直す姿勢を持つ「進化するロールモデル」でなければなりません。若手と共にAIを使い、共に失敗し、共に問いを磨き上げるプロセスこそが、次世代への信頼と影響力を生みます。

 

 

そして、両者の間に「越境する場」を創り出すことが、組織全体の知性を押し上げる鍵となります。たとえば、世代・職種を超えたテーマ型プロジェクト、AI活用を前提とした仮想演習、ナレッジシェア・ピアレビューの習慣化など、日常の中に「共に問い、共に育つ」仕組みを埋め込むことが重要です。

 

 

未来を担うのは、「即戦力」でも「万能な担い手」でもなく、「進化し続ける“学びの探究者」です。AI時代の組織とは、そのような人間が生まれ、育ち、支え合える「進化の器」であるべきなのです。

 

 

AIが仕事を奪ったのではありません。奪われたのは、「人が育つ仕組み」です。けれども、それを再構築する力も、また私たち自身にあります。

 

未来を恐れるのではなく、未来を設計する側に立ちましょう─それが、今、経営者に託された本当の問いなのです。

 

10年後の中核人材を、今どう育てますか?

 

「共に育ち、共に問いを立てる」組織づくりに向けた第一歩を、御社と一緒に考えさせてください。具体的な実行支援も含め、ご相談は下記フォームよりどうぞ。