· 

経営を「振り返る」ことから始まった社歌集 〜有限会社トシズ、5曲で描いた経営の現在地とその先〜

 

 

経営という仕事は、不思議なものです。

日々、意思決定を重ね、現場を回し、数字と向き合い、人を守り、地域に応え続けているにもかかわらず、自分自身の経営をゆっくりと振り返る時間は、驚くほど少ない。

 

有限会社トシズ(Toshi’s)の沖本社長も、まさにその状態にありました。

 

地域の水インフラを支える責任。

呼ばれたらすぐに動かなければならない現場。

社員一人ひとりの生活と、その背後にある家族の存在。

そして、これから先、会社をどう残していくのかという問い。

 

日常業務に追われている間は、これらはすべて「考えているつもり」になります。

しかし実際には、考える余白がなくなっていることも多い。

 

今回の「5曲からなる社歌集」の制作は、そうした状況の中で沖本社長がふと立ち止まり、

 

「自分は、どんな経営をしてきたのだろうか」

 

 

と問い直したところから始まりました。

「社歌を作る」という話ではなかった

誤解のないように言っておきたいのですが、

この取り組みは「社歌を作ろう」という企画から始まったものではありません。

 

むしろ、最初にあったのは、次のような問いでした。

 

  • トシズという会社は、何によって信頼されてきたのか

  • 現場で働く人たちは、何を誇りにしているのか

  • 地域から見て、どんな距離感の会社なのか

  • 社員を支えている家族の存在を、経営としてどう捉えているのか

  • そして、次の世代に何を手渡そうとしているのか

 

 

これらは、経営計画書や理念文には書ききれない問いです。

しかし、経営の実態は、間違いなくこの問いの集合体でできています。

 

沖本社長は、これまで「現場で判断し、現場で答えを出す」経営を続けてきました。

だからこそ、あらためて言葉にしようとすると、簡単ではない。

 

 

この言語化の難しさそのものが、今回のプロジェクトの出発点でした。

 

一つの理念で、すべては語れない

経営支援の現場でよく聞くのが、

 

「理念はあるが、現場にはあまり浸透していない」

 

という言葉です。

 

しかし私は、ここに少し違和感を持っています。

 

本当に問題なのは、「浸透していない」ことではなく、一つの言葉に詰め込もうとしすぎていることではないか、と。

 

トシズの経営を振り返る中で浮かび上がってきたのは、非常に多層的な経営の姿でした。

 

  • 即応性と正確さが求められる現場

  • 地域に溶け込むように存在してきた歴史

  • 家族に支えられて成り立つ働き方

  • 技術を次にどうつないでいくかという課題

 

 

これらは、同じ温度感では語れません。

 

同じ言葉で伝えようとすると、どこかが削られてしまう。

 

そこで選ばれたのが、

 

経営を5つの側面に分解し、それぞれを「音」にするという方法でした。

 

5曲は、経営の「棚卸し」であり、「再編集」だった

今回制作された5曲は、結果として、沖本社長自身の経営の歩みを、時間軸でなぞるものになっています。

 

1曲目は、原点と誇り。

2曲目は、現場で戦ってきた日々。

3曲目は、地域との距離感。

4曲目は、家族や仲間への感謝。

5曲目は、これから先への視線。

 

これは意図的に並べたというより、振り返っていく過程で、自然と浮かび上がってきた構造でした。

 

私はこのプロセスにおいて、「こういう曲を作りましょう」と提案したというよりも、

 

  • それは誰に向けた言葉ですか

  • その感情は、社内向けですか、社外向けですか

  • それは過去の話ですか、未来の話ですか

 

 

といった問いを投げ続けていました。

 

主語は常に沖本社長であり、私はその思考を整理する役割に徹していました。

 

社歌集は、派手なブランディングではない

社歌集という言葉だけを聞くと、「ブランディング施策」「PRコンテンツ」という印象を持たれるかもしれません。

 

しかし、今回の取り組みの本質は、そこにはありません。

 

むしろこれは、経営のOSを一度言語化し直す作業でした。

 

  • どこは変えてよいのか

  • どこは絶対に変えてはいけないのか

  • 何を軸に意思決定してきたのか

これらを曖昧なままにしたままでは、中長期戦略を描くことはできません。

 

音楽という形をとったことで、言葉だけでは取りこぼしてしまう「感覚」や「温度」まで含めて、経営の輪郭が浮かび上がってきました。

 

浸透とは、管理することではない

今回の社歌集は、「社員全員が同じように感じること」を目的としていません。

 

ある社員は、現場を描いたアップテンポの曲に共感するでしょう。

ある家族は、感謝を歌ったバラードに心を重ねるかもしれない。

地域の方は、街に溶け込む曲に安心を覚える。

若い世代は、未来を描いた曲に可能性を見る。

 

それでいい。

 

沖本社長が目指しているのは、理念を管理し、統制する経営ではありません。

 

時間をかけて、それぞれの立場で、それぞれの受け取り方で、自然に浸透していく経営です。

 

中小企業だからこそできる、経営の可視化

この取り組みは、大企業的なブランディングとは対極にあります。

 

日常の現場が見え、

経営者の顔が見え、

声が届く距離感がある。

 

だからこそ、音楽という表現が生きる。

 

AIという技術を使いながらも、

中身は極めて人間的で、

 

関係性に根ざした経営の整理でした。

 

経営革新は、静かに始まる

補助金や組織再編だけが、経営革新ではありません。

 

  • 経営者が自分の歩みを振り返り

  • 価値観を整理し

  • 次の10年を見据え始める

これ自体が、立派な経営革新です。

 

今回の社歌集は、その「助走」としての役割を果たしています。

 

おわりに

有限会社トシズの「社歌集」は、

完成した瞬間がゴールではありません。

 

これから、

 

  • 社内でどう使われていくのか

  • 地域とどう響き合うのか

  • 次の世代がどう受け取るのか

そのすべてが、

沖本社長の経営の延長線上で育っていきます。

 

経営を言語化するとは、

自分自身と向き合うこと。

 

そして、その言葉を

響く形に変えていくこと

 

今回の取り組みは、

その一つの実践例として、

 

多くの経営者にとって示唆を与えるものになるはずです。